木地師の墓

   

魚梁瀬東川山系の最深部の一角に木地師の墓所と伝えられるわずかな平坦地がひっそりとあります。大小40数個の川石を積み重ねて平たい座石を支え、その上に石塔を立てて墓を形づくっています。
 
 
魚梁瀬地区より東川林道を北へ車で約50分、下車して道を下へ降りること約10分。そこに「木地師の墓」があります。清らかな谷川が流れ、段になっており(平地)雑木の北北側に、天然杉が5本あります。
 
木地師について
現在の滋賀県神崎群永源寺町に本拠地を置く、小野宮惟喬親王を祖神とする由緒を持っています。
馬路村へ木地師が来たのは近世の末で、村人と交流があったのではないだろうかといわれています。木地師は「日本国中山御免」の綸旨(りんじ)を持ち、関所や番所を通り、けやき・とち・さくら・松等の生えている場所に小屋を建て、「八合目伐(きり)次第」の特権を得ていました。
木地師は普通4家族1団となって4工程を分担したともまた、2~3家族という例も多くあったようです。製品は、家族から選ばれた者が売りに行き、帰りに必要な食糧を仕入れていたようです。

綸旨(りんじ)
天皇のことば。(時代により織田信長、豊臣秀吉)木地師の綸旨で古いものは承平五年(西暦1072年)の朱雀天皇のご綸旨などがあります。
 
 
墓に寄り添うようにして立っている天然杉5本は神木として崇められています。この杉を残して下さった、当時を知る山師匠の棟梁のお話には、昭和50年頃この墓の付近の山林を伐採しはじめると、車の事故がおきて、怪我人が続いたり、伐る杉の木がさけあがるなど、不思議な事が色々続いたという。そこで棟梁は木地師の祟りかもしれないと考え、墓の周囲の天然杉30本くらいを、伐らずに残せと指示したようです。(5本しかないのは誰かが伐ったとの事です)
 
 

 

『馬路村の歴史と伝説』
馬路村教育委員会刊:山中巌著より
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